武術の練習に限ったことではないのだろうけれど。
習い事のようなものは。
練習する日はある区切りになる。
この区切りの日に。
そこだけに焦点を当てて。
そこだけで練習をする人も居ると思う。
それはそれで。
その人の姿勢なのでよいとは思う。
その日に愉しんで。
そこでできる身体の可能性を最大限に拡げる。
次の区切りまでに。
身体が勝手に熟成してくれることに期待して。
或いはちょっと忘れてしまったりもするのだけれど。
区切りごとに少しずつ上達するのを愉しむ。
或いは。
区切りには間があって。
区切りの日ではその材料を手に入れて。
次の区切りへの間に。
その材料を料理することに勤しむ。
次への準備を愉しむ。
区切りの日は材料の仕入れ時だけでなく。
その間の成果の発表会だ。
そんな愉しみ方もある。
それぞれのよさがあって。
それぞれの罠がある。
区切りだけに焦点を当てると。
ただの興味だけで終わってしまう危険性がある。
区切り以外の方が人生を占める割合は大きい。
そこで積み重ねなければ。
本当に上達するということは難しいだろう。
翻って。
区切りの間だけに焦点を当てると。
区切りの日に怖れが沸いてくることがある。
材料の仕入れ時だと割り切って。
その日に全力を投じなくなったりする。
自分の本番はその間の日だと言い訳して。
その日はできなくてもよしと切り捨てる。
或いは。
成果発表だと思っているのに。
ほんとに発表するとできないときに自己嫌悪するので。
やっぱり本気を出すのを避けようとしたりする。
ずっと本気で打ち込み続けるのは。
しんどくなってしまうかもしれない。
ただ。
どうせ取り組むのであれば。
愉しみながら上達を目指すのであれば。
区切りとその間。
どちらかだけに焦点を当てるのは。
得策ではない。
そんな気がする。
どちらも境はなく。
道の上では同じくして等しいもの。
そこに境と区別をつけるのは。
人の成せること。
そんな自然の理のひとつ。
習い事のようなものは。
練習する日はある区切りになる。
この区切りの日に。
そこだけに焦点を当てて。
そこだけで練習をする人も居ると思う。
それはそれで。
その人の姿勢なのでよいとは思う。
その日に愉しんで。
そこでできる身体の可能性を最大限に拡げる。
次の区切りまでに。
身体が勝手に熟成してくれることに期待して。
或いはちょっと忘れてしまったりもするのだけれど。
区切りごとに少しずつ上達するのを愉しむ。
或いは。
区切りには間があって。
区切りの日ではその材料を手に入れて。
次の区切りへの間に。
その材料を料理することに勤しむ。
次への準備を愉しむ。
区切りの日は材料の仕入れ時だけでなく。
その間の成果の発表会だ。
そんな愉しみ方もある。
それぞれのよさがあって。
それぞれの罠がある。
区切りだけに焦点を当てると。
ただの興味だけで終わってしまう危険性がある。
区切り以外の方が人生を占める割合は大きい。
そこで積み重ねなければ。
本当に上達するということは難しいだろう。
翻って。
区切りの間だけに焦点を当てると。
区切りの日に怖れが沸いてくることがある。
材料の仕入れ時だと割り切って。
その日に全力を投じなくなったりする。
自分の本番はその間の日だと言い訳して。
その日はできなくてもよしと切り捨てる。
或いは。
成果発表だと思っているのに。
ほんとに発表するとできないときに自己嫌悪するので。
やっぱり本気を出すのを避けようとしたりする。
ずっと本気で打ち込み続けるのは。
しんどくなってしまうかもしれない。
ただ。
どうせ取り組むのであれば。
愉しみながら上達を目指すのであれば。
区切りとその間。
どちらかだけに焦点を当てるのは。
得策ではない。
そんな気がする。
どちらも境はなく。
道の上では同じくして等しいもの。
そこに境と区別をつけるのは。
人の成せること。
そんな自然の理のひとつ。
東京功夫小桜会