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雑記: 触れられることと触れていること

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相手を操作するときには。

分かりやすいように。

掛け手と受け手が存在して。

受け手は定めた形や心持ちをしてもらって。

掛け手はそれに対して。

定めた触れ方をして自分の身体を操作していく。

そういった条件設定。

それは。

ときには自分が相手の肩に手を置いたり。

反対に。

相手に自分の肩に手を置いてもらったり。

どちらの場合も。

自分が掛け手で。

身体の操作を施すことで。

相手を崩すことができる。

であるならば。

触れていることと。

触れられていること。

それは。

主体が変わっただけで。

主体の捉え方が変わっただけで。

どちらも同じことであったりする。

自分が触れていて。

相手が触れられていると。

掛け手であると錯覚しがちだけれど。

相手が触れ"させて"いて。

自分が触れ"させられて"いる。

のであれば。

受け手は自分であることになる。

だから。

身体の外からみた形だけでは。

形勢の有利不利は単純に推し量れない。

その心持ち。

精神の在り様も。

観なくてはいけない。

そんな自然の理のひとつ。

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~神秘と自然への道のりを悠々自適に共に歩こう~ 日本に伝わって、日本で育った中国拳法をベースにして、中国拳法の套路や概念を頼りに道を探求する会です。あくまでも楽しむこと。人生を豊かにする活動でありたい。本質を求めながらもたどり着くことに拘らない。求める過程を楽しんでいきたい。それを目指して、中国拳法の神秘性と実践性、道としての在り様に則って活動します。東京と愛知を中心に練習会を開催しています。

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