雑記: 座礼と節々の動きと捶法と③
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余興の続きの続き。
座った状態で胸部と腹部を分割して。
腕を弾き出すことで遊んでみた。
それではと。
立ち上がって同じことをしてみたい。
座るのと立つのでは色々と状態は変わるけれど。
それほど気にしないようにして。
まずは足を肩幅より狭いくらいに。
並行立ちにする。
なるべく状況を似せたいので。
両手は斜め下45度くらいに真っ直ぐ差し出して。
相手に手首を握ってもらう。
そしたら座礼と同じように一礼していく。
のだけれど。
座っているのと違って。
下盤ががっちりと固定されているわけではないので。
無理に大腿部から下を止めておこうとすると。
色々なところに力みが入るので。
大腿直筋とかの連結部はなるべく緩めて。
お尻は少し後ろに落ちてしまっていい。
肚の辺りを中心に回る感じになる。
それ以外は座礼のときと同じ。
身体を礼から戻すときに肘の力を緩める。
但し、ここも腿の上に乗っているわけではないので。
重力で引っ張られる分は保つようにする。
上手く行けば。
掴んでいる相手も立っていることで不安定になりがちなので。
座っているときよりもその影響が顕著になるはず。
腹部と胸部を切り離して。
一挙動で腕が弾き出されるようになったら。
相手なしでもやってみる。
それを何回か繰り返して慣れてきたら。
肋下(ろっか)をとってはじめから肘を曲げておき。
胸を立てるときに肘を緩ませる。
最大限曲がったところから。
最大限伸びたところまで。
加速された拳が打ち出されるようになったら。
それがひとつの捶法の形となる。
動きとしては。
身体が少し傾く間に捶が放たれる。
腰と胸が協調して同時に動ければ。
ほとんど予備動作なくして拳が弾かれるように感じられる。
遊びから捶法へ。
力みなく手が出る方法へ。
そんな自然の理のひとつ。
座った状態で胸部と腹部を分割して。
腕を弾き出すことで遊んでみた。
それではと。
立ち上がって同じことをしてみたい。
座るのと立つのでは色々と状態は変わるけれど。
それほど気にしないようにして。
まずは足を肩幅より狭いくらいに。
並行立ちにする。
なるべく状況を似せたいので。
両手は斜め下45度くらいに真っ直ぐ差し出して。
相手に手首を握ってもらう。
そしたら座礼と同じように一礼していく。
のだけれど。
座っているのと違って。
下盤ががっちりと固定されているわけではないので。
無理に大腿部から下を止めておこうとすると。
色々なところに力みが入るので。
大腿直筋とかの連結部はなるべく緩めて。
お尻は少し後ろに落ちてしまっていい。
肚の辺りを中心に回る感じになる。
それ以外は座礼のときと同じ。
身体を礼から戻すときに肘の力を緩める。
但し、ここも腿の上に乗っているわけではないので。
重力で引っ張られる分は保つようにする。
上手く行けば。
掴んでいる相手も立っていることで不安定になりがちなので。
座っているときよりもその影響が顕著になるはず。
腹部と胸部を切り離して。
一挙動で腕が弾き出されるようになったら。
相手なしでもやってみる。
それを何回か繰り返して慣れてきたら。
肋下(ろっか)をとってはじめから肘を曲げておき。
胸を立てるときに肘を緩ませる。
最大限曲がったところから。
最大限伸びたところまで。
加速された拳が打ち出されるようになったら。
それがひとつの捶法の形となる。
動きとしては。
身体が少し傾く間に捶が放たれる。
腰と胸が協調して同時に動ければ。
ほとんど予備動作なくして拳が弾かれるように感じられる。
遊びから捶法へ。
力みなく手が出る方法へ。
そんな自然の理のひとつ。
~神秘と自然への道のりを悠々自適に共に歩こう~ 日本に伝わって、日本で育った中国拳法をベースにして、中国拳法の套路や概念を頼りに道を探求する会です。あくまでも楽しむこと。人生を豊かにする活動でありたい。本質を求めながらもたどり着くことに拘らない。求める過程を楽しんでいきたい。それを目指して、中国拳法の神秘性と実践性、道としての在り様に則って活動します。東京と愛知を中心に練習会を開催しています。
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